| 社名 | 泉営業顧問事務所 |
|---|---|
| 電話番号 | 090-4166-0555 ※代表の泉に直接繋がります |
| 所在地 | 〒600-8427 京都府京都市下京区玉津島町294-313号 |
| 設立 | 2025年02月01日 |
代表顧問 |
泉 了 |
支援実績(一部) ※「一般社団法人 岐阜県地方創生推進協会」名義含む |
GMOペイメントゲートウェイ株式会社(東証プライム)/株式会社SGP/株式会社Archaic/AMELAジャパン株式会社/株式会社BEEM/株式会社Algoage(DMMグループ)/フィルターバンク株式会社/株式会社カンリー/ディーコープ株式会社(SBグループ)/株式会社DYM/日商有田株式会社/特定非営利活動法人ジャパンハート/株式会社KD3/ResWiz/株式会社ビヨンド・ザ・データ(アクセンチュアグループ)/株式会社エス・エス・ケイ/株式会社シーエーシー(東証プライム)/株式会社プルークス(JCOMグループ)/ご近所ワーク株式会社(オープングループ)/株式会社オンデック(東証グロース)/株式会社N & Sパートナーズ/i-See株式会社/TRUSTART株式会社/株式会社スカイダイニング/株式会社ブリングアウト/グラハム株式会社/株式会社ペイルド/株式会社TECHFUND/TRUSTART株式会社/九州電力株式会社(東証プライム)/株式会社Sun Asterisk(東証グロース)/株式会社データX/株式会社グッドブリッジ/デルフィーコンサルティング株式会社/株式会社サイバーエージェント(東証プライム)/AME&Company株式会社/株式会社ウィルズ(東証グロース)/株式会社日本経済広告社(順不同) |
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唐突ですが、
“経営者”は孤高の存在です。
いや...経営者に限らず“リーダー”のポジションにおられる方はどこか孤高さを持ち合わせていると考えています。
求心力と言い換えることもできるかもしれません。
私は営業顧問としてそんな“リーダー”たちの課題に寄り添い、それらの解決に向け共に伴走し一緒に汗くことを仕事としています。
営業のプロとして、私が社会にコミットできる価値提供はそこにあると使命を持っているからです。
"営業の学問化"
起業して以来、長年のテーマの1つです。
社会に出て以来、キャリアの大半を占める営業という業界に恩返しがしたい。
営業=ノルマが大変、しんどい、ブラック...等、これらのパブリックイメージを払拭し、営業の素晴らしさを伝え、挑戦する人を増やしたい。
そうすることで、地域経済の活性化、地方創生に繋げたい。
プロスポーツ選手がセカンドキャリアは業界に恩返ししたい、生涯をかけて業界に携わりたいと思う気持ちに似ているかもしれません。
私はサリーマン時代、株式会社光通信という大手通信総合商社に勤めていましたが、独立して以降はこれまでのようにキャリア・メーカーの商品、他社商品を販売する代理店ではなく、自社商品を自社で展開したいと考えるようになりました。
その結果、これまで身に付けた営業ノウハウをコンテンツ化し、起業スクール事業を立ち上げることを考え、24単位48時間のプログラムをゼロから作り上げ、結果的に200名を超える起業家を輩出することに成功しました。
その過程で2014年に上梓した拙著「営業処方箋」は楽天ブックスの週間ランキングに2週連続でランクインもしています。
同時に、様々な業界の経営者の方にお声がけいただき、企業研修や起業家向けの講演も幾度となく実施させていただきました。
その一方で、30歳を迎える頃の私はそれらのプログラムに対し、懐疑的な視点を持つようになりました。
何故なら、どれほどプログラムとして体系化することができ、支援実績を積んだとしても、民間サービス止まりだったからでした。
"国に認められた教育機関"という公の実績が足りない、“権威がない”そう感じていました。
良くも悪くもこの国の国民性は未だ“権威主義”、私が恩返しをしたい営業という業界を崇高のもの、憧れの職業にするためには“学問”として、アカデミックな意味で権威付けをする必要があると感じるようになっていたのです。
欲を言えば、“法律の専門家”である弁護士と肩を並べる“営業の専門家”として営業という職業の社会的立場を築きたいと考えていました。
転機が現れたのは約6年前です。
ご縁があり、6年前から京都芸術大学姉妹校である京都芸術デザイン専門学校にて特別講義やプレゼンテーションに対する外部評価委員、産学連携企業として教育現場に携わるようになりました。
特に2022年4月〜2025年3月までの3年間は専任教師として学校運営に携わり、シラバスの策定から正規授業運営、コース運営、キャリア指導まで教育現場の最前線に立つことができました。
そしてついに、正規科目として営業を学問とした“シラバス”を策定し、前期15週・後期15週カルキュラムを持ち累計で1,000名を超える大学生専門学生を教えることができました。
もちろん、その過程において立ちはだかる壁や困難なことは沢山ありました。
ですがそのお蔭で、名実ともに営業を学問として権威付けすることに成功し、民間企業ではまず経験することができない稀有なキャリアを積ませていただきました。
同業他社の追随を許さない、私にしかない強みを手にすることができたのです。
さて、そんな私ですが、
そもそも教育の必要性に気付いたのは遡ること15年前、23歳の頃、株式会社光通信でサブマネジャー(課長代理)に昇格したタイミングでした。
プレイングマネジャーとして、自分の数字だけでなく課の数字を達成させなければなりません。
そのためには部下の成長が必達であり、教育のためには自分のノウハウを体系化する必要がありました。
ですが当時の私はまさに“感覚肌”、つまり言語化・可視化がとても苦手でした。
言うまでもなく、プレイングマネジャーに昇格するにはプレイヤーとして優秀である必要があります。
プレイヤーとしての優秀さとは、自分の数字に強いこと、営業力があることです。
実際に当時の私もプレイヤーとして営業成績全国1位になったり、社長賞を受賞したりと、タイトルをいくつか保有していました。
ですが、必ずしも優秀なプレイヤー=優秀なマネジャーという訳ではありません。
昇格した段階ではマネジャーとしてのキャリアはほぼ“ゼロ”、周りの先輩マネジャーもわざわざ同じ土俵に上がり競争相手になった私にマネジメントの助言をして敵に塩を贈るようなことはしません。
結果、“見て学べ”となるのですが、良くないのが私自身も自分の部下たちに“見て学べ”を踏襲させてしまったことでした。
すなわちフィールドトレーニング、同行営業、以外に教育手法を持ちませんでした。
それどころか、それ以外の教育手法があることに気付けてすらいませんでした。
もちろん、私と同じ感覚肌のプレイヤーたちはそれでも育つのですが、そんな自走社員は稀です。
殆どの場合は、自ら学ぶことをせず、数字も伸びない、そのツケが私や右腕のプレイヤーに回ってくるという負の循環でした。
それでもプレイングマネジャーまでは最悪営業同行で自分がクロージングすれば契約をいただくことができ、数字が伸びましたので、結果的にプレイングマネジャーとしても全国1位となり、当時の右腕をプレイングマネジャーに昇格させることが出来ましたので、その翌年には完全な管理職であるマネジャーに昇格しとあるエリアの拠点長となりました。
ですが、大変だったのはそこからでした。
まず、当たり前ですが、マネジャーである以上、私自身の営業同行は許されていませんでした。
営業同行はプレイングマネジャーの仕事ですので、拠点のプレイングマネジャーたちを信頼するしかありません。
幸いにも彼らはとても優秀で数字も強く、うち1人とは今でも公私ともに交友のある盟友になっています。
ですが、いくらプレイングマネジャーが優秀でも、マネジャーの管理能力が未熟だと拠点運営はままなりません。
マネジャーに昇格し、営業同行が封じられた以上、自身の営業ノウハウを言語化・可視化して体系化できる能力が求められていました。
しかしながら、当時の私は圧倒的にその能力が未熟でした。
更に悲劇的なのが管理能力、マネジメントスキルです。
外的要因でしか人を動かす術を持ち合わせていませんでした。
優秀なマネジャー、教育者とは目先のメリットやデメリットで人をコントロールする外的要因ではなく本人に任せ、傾聴し内的要因を誘発させて自走させられることができる人財です。
もちろん今ではそれらを理解し、出来るようになっているのですが、当時はそのような教養も経験もなく、出来たのは信賞必罰での外的要因によるパワーマネジメントのみ。
受注・失注には叱咤激励、部下の悩みは終業後に飲みながら聴く、という悪い意味での昭和的マネジメントでした。
そんなマネジャーに求心力が生まれる訳がなく、結果、40人近くいた拠点はものの1年足らずで半分にまでメンバーが減りました。
課員が減っても、年間で策定している事業計画の目標数字を下方修正できるわけがなく、未達成が重なる負のスパイラルに陥ってしまいました。
当時の部下たちにはほんと苦労をかけたと、今でも反省しています。
それらの苦い経験を経て、プレイヤー時代の受注・失注を振り返りその当時の“感覚”を1つ1つ思い出す作業をひたすら繰り返し言語化し、マネジメント以前に、人とのコミュニケーションや言語化を学ぶため脳科学の実践講座に1年以上通い、可視化能力を身に付けるために独学でデザインやプレゼンテーション資料作成を学び、と様々な学び直しをしました。
そして開業したものが冒頭の起業スクールでした。
そこから更に10年以上マネジメントや教育の実践をひたすら繰り返し、今があります。
今では上場企業を含む30社の顧問を任せていただくようになりました。
運営する異業種交流会 信長塾も累計5,900社の企業に参加いただく規模まで拡大しました。
今現在、企業規模・業界も多種多様な顧問先様の経営課題に伴走し、
共に汗をかくのが今の私のミッションです。
来年度には信長塾の全国47都道府県開催も果たします。
これらの経験があるからこそ、今現在、経営課題、営業課題のある経営者の方はもちろん、当時の私と同じように、マネジメント、教育に課題感を持つ管理職の方の力になりたいと強い使命感があります。
お仕事の相談、そうでなくても何かしら課題感を持っておられる方、是非お気軽にお問い合わせください。
そして一緒に汗をかきましょう!
ご連絡お待ちしております。
泉営業顧問事務所
代表顧問 泉 了